2012年01月16日

小正月とは?

上田知樹です。こんにちは。「上田知樹の宅建への道」今日も始めさせていただきますね。
今回は、小正月についてお話させていただきます。小正月とは、正月の望の日(満月の日、旧暦1月15日)(または元日から1月15日まで)のこと。現在は新暦1月15日に行われる場合もある。元日(または元日から1月7日まで)を大正月と呼ぶのに対してこのように呼ぶのだそうです。中国式の太陰太陽暦が導入される以前、望の日を月初としていたことの名残りと考えられているのだとか。この小正月までが松の内であったものが江戸時代に1月7日の大正月までとされたそうですが、近畿地方では現在でも1月15日までが「松の内」とされる事が多いんだそうです。
この日の朝には小豆粥を食べる習慣があったそうですね。『土佐日記』や『枕草子』などにも小正月に小豆粥を食べたことが記されているみたいですよ。現在でも東北地方の農村などに、左義長の前に小豆粥を食べる習慣が残っている地域があるのだそうです。これらの地域では、元日から小正月の期間中に小豆(あるいは、獣肉を含む赤い色をした食品全般)を食することが禁忌とされている場合が多いのだとか。
年神や祖霊を迎える行事の多い大正月に対し、小正月は豊作祈願などの農業に関連した行事や家庭的な行事が中心となるのだそう。本来は人日まで竈を休ませるはずの松の内に、忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、女正月という地方もあるのだとか。
かつて元服の儀を小正月に行っていたということから、1月15日は成人の日という国民の祝日となりました。しかし、その名前から小正月との関連がわかりづらく、かつ、高度経済成長期以降の都市化などの影響で小正月自体がなじみが薄いものとなったこともあり、2000年から成人の日は1月第2月曜日に変更されていますね。
小正月について、お分かりいただけましたでしょうか。
上田知樹は小正月を特別に祝ったり意識したことはないですね…。

タグ:上田知樹
posted by 上田知樹 at 16:25| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月20日

ウンシュウミカンと炬燵

上田知樹です、こんにちは。
今回はウンシュウミカンについてお話させていただきます。
ウンシュウミカン(温州蜜柑、学名:Citrus unshiu 英名:satsuma)は、ミカン科の常緑低木、またはその果実のことですね。様々な栽培品種があり、食用として利用されます。
日本の代表的な果物で、バナナのように素手で容易に果皮をむいて食べることができるため、冬になれば炬燵の上にミカンという光景が一般家庭に多く見られますね。「冬ミカン」または単に「ミカン」と言う場合も、普通はウンシュウミカンを指すそうです。
甘い柑橘ということから漢字では「蜜柑」と表記されます。古くは「みっかん」と読まれたそうですが、最初の音節が短くなったのだとか。「ウンシュウ」は、柑橘の名産地であった中国浙江省の温州のことで、イメージから名産地にあやかって付けられたもので関係はないとされているそうです。
欧米では「Satsuma」「Mikan」などの名称が一般的なのだとか。 タンジェリン(Tangerine )・マンダリンオレンジ(Mandarin orange) (学名は共にCitrus reticulata)とは近縁ですが別種なのだとか。
僕の家にも、冬になるとミカンが常備されます。炬燵にみかんは冬の風物詩ですよね。


タグ:上田知樹
posted by 上田知樹 at 11:44| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月28日

水族館の歴史と上田知樹

上田知樹です。こんにちは。
今回は、水族館の歴史について調べたので、お話させていただきます。
もともと古代シュメールでは、食用に捕らえた魚を保存するために小さな池へ魚を泳がせていたのだそうです。また、中国では2,000年以上前から観賞用として池で金魚や鯉の飼育が始まったとされているのだとか。それらの池は人工的に整備された小さなものが多く、鯉はとりわけ色のついたものが特に好まれてきたみたいですね。因みにこの鯉は錦鯉ではないと言われているそうです。錦鯉は19世紀の日本で始まったとされるためなのだとか。
宋朝の時代には、屋内に陶器で出来た水槽を置き、その中で金魚を飼育していたのだとか。また古代エジプトでは、寺に造った長方形のプールに、神聖な魚とされる魚(エレファントノーズフィッシュであったと考えられているみたいです)を飼育していたとされており、その様子を描いた美術品が見つかっているようです。
透明な水槽を用いて、その中で魚を泳がせるという現代の水族館と同様な構造による飼育が始まった詳しい期日は分かっていないみたいですね。ただ、1665年にサミュエル・ピープスがロンドンを訪れた際に記述した日記中に「いつまでもガラスの中を泳ぎ続ける魚は、美しく際立っていて、素晴らしいことだ。外国でありながら。」と書き記していることから、この時代にはもうそういうものは出来ていたと考えられています。因みにピープスが見た水槽の中で泳いでいた魚はパラダイスフィッシュであることが分かっているのだとか。
18世紀には、生物学者のアブラハム・トレンブレーは、オランダのベンティンク家の庭の運河で見つけたヒドラを、円柱状のガラス製の水槽に入れて研究していたそうです。ガラス製の水槽で飼育を行なうという概念が生まれたのは、遅くともこの時期に遡るようですね。
その後鋳鉄のフレームにガラスをはめ込んだ水槽を使用した魚の展示が、1851年のロンドン万国博覧会で行なわれます。これにより水槽で魚を飼育することがイギリスで趣味のひとつとして人気を集めたのだとか。
イギリスの趣味から水族館が広まったんですねー。興味深いです。
では今日はこの辺で。上田知樹でした!

タグ:上田知樹
posted by 上田知樹 at 13:34| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする